米原雲海の木彫は売れるのか ― 星取り法で木彫界に革命を起こした「光雲門の双璧」、真贋の見極めと買取の考え方
東京国立博物館が所蔵する『ジェンナー像』——種痘の父として知られるエドワード・ジェンナーを象った、この一体のブロンズ像が、日本の木彫界に革命を起こしたと言われています。手がけたのは米原雲海(よねはらうんかい)。高村光雲の門下で山崎朝雲と並び「光雲門の双璧」と称され、石膏原型を拡大する西洋の技法をいち早く木彫に取り入れながら、のちに平櫛田中らと日本彫刻会を結成し、東洋的な情趣にあふれる作風へと歩みを進めた彫刻家です。本稿では、米原雲海の生涯と作風、そして買取・売却をお考えの際に知っておきたい価値の見極め方を、古美術商の立場からご案内いたします。
この記事でわかること
- 米原雲海とはどのような彫刻家か ― 光雲門下の双璧と呼ばれた生涯
- 木彫界に革命をもたらした「星取り法」と『ジェンナー像』
- 日本彫刻会以降に花開いた、東洋的な情趣の木彫作品
- 査定額を左右する五つの要素と、高く手放すためのコツ
Why nowなぜ、いま米原雲海が見直されるのか
近代(明治以降)の木彫は、絵画や陶芸に比べて査定の場に持ち込まれる機会が少なく、「価値がわからないまま」眠っていることが少なくありません。とりわけ米原雲海は、高村光雲・平櫛田中という近代木彫史の中心人物たちとの関わりの深さから、近年あらためて注目されている作家です。旧家の床の間や蔵に、東洋的な人物像や仙人・旅人を題材にした木彫が伝わっている例が今も見つかります。「作者のわからない古い木彫像」と思われていたお品に、実は高い価値が残っていることも珍しくありません。相続や実家の整理をきっかけに手放しを検討される方も増えており、まずは現状のまま、専門の目でご覧いただくことをおすすめいたします。
His life米原雲海とは ― 大工から、光雲門下の双璧へ
雲海は1869年、出雲国安来(現・島根県安来市)に生まれ、本名は木山幸太郎(きやまこうたろう)、幼名は小三郎。後に米原家の養子となり米原姓を名乗ります。小学校卒業後は宮大工に弟子入りして建築彫刻を学びましたが、京都や奈良の古仏に触発されて彫刻家を志すようになりました。1890年に上京し、高村光雲に師事。画技は橋本雅邦に学んでいます。1894年、師・光雲の号にちなんで「雲海」と号しました。1895年から1897年にかけては東京美術学校の雇(staff)として勤務。この間の1897年、石膏で原型をつくり比例コンパスで等身大に拡大したうえで鋳造するという西洋の技法を用いて『ジェンナー像』(東京国立博物館蔵)を制作し、「木彫界に革命を起こした」と評されました。のちに日本の木彫に導入されるこの技法は「星取り法」と呼ばれ、雲海がその先駆けとなったことは、兄弟弟子である平櫛田中のコラムでも触れたとおりです。1907年、岡倉天心を会頭に、山崎朝雲・平櫛田中らとともに日本彫刻会を結成(第1回展は翌1908年)。以降は東洋的な題材にもとづく作品を多く手がけるようになります。同じ1907年の第一回東京勧業博覧会に出品した『清宵』は一等賞を受賞し、1910年の日英博覧会でも金賞に輝きました。文展・帝展の審査員も歴任し、1919年には長野・善光寺の仁王像を師・光雲との合作で完成させています。1925年、55歳で没しました。
His style見どころは「写実」と「東洋的情趣」― ジェンナー像・清宵・仁王像
雲海の作風を語るうえでまず欠かせないのが、木彫界に革命をもたらした『ジェンナー像』です。石膏原型を比例コンパスで拡大し、木で等身の原型をつくってから鋳造するという、当時としては先進的な西洋式の制作工程を採り入れた一作でした。もう一つの見どころが、日本彫刻会結成後に花開いた東洋的な情趣の作風です。代表作『清宵』のほか、『寒山子』『仙丹』『竹取翁』『旅人』(1914年・東京国立博物館蔵)など、仙人や物語の登場人物を題材にした木彫の数々には、写実を基礎に置きながらも独自のデフォルメを加えた、雲海ならではの人物表現が光ります。「洋風彫塑に対して、日本の木彫に適した情趣ある表現」と評されるように、西洋の技法から出発しながら、最終的には東洋的な木彫の美を追求した点に、雲海の芸術の核心があります。1919年に光雲と合作した善光寺仁王像は、師弟の技が結実した記念碑的な作としても知られています。
Five factors査定額を左右する、五つの要素
米原雲海の作は、同じ作家の手になるものでも評価が一様ではありません。当店では、次のような点を総合して拝見しています。
- 真贋・銘
- 木彫の在銘作は台座裏や像底の署名・落款、共箱の記載が評価を大きく左右します。
- 素材・技法
- 伝統的な木彫か、『ジェンナー像』のような星取り法・鋳造による作か。
- 題材・図柄
- 寒山子・仙丹・竹取翁・旅人など、日本彫刻会以降の東洋的な人物題材は特に評価されやすい傾向にあります。
- 時代
- 光雲門下として頭角を現した明治後期から、日本彫刻会で作風を確立した大正期にかけての作は特に重んじられます。
- 状態・付属
- 破損や割れの少ない良好な作、共箱・図録などの付属が揃う作ほど高く評価されます。
手放しをお考えの際は、無理に磨いたり接着したりせず現状のままお持ちいただき、共箱の署名や落款を撮った写真、購入時の資料や来歴をあわせてお見せいただくと、より正確な査定につながります。ご自身で価値を判断するのが難しいお品も、無理にお勧めすることはございませんので、まずは率直な評価をお伝えいたします。
Where to sellなぜ、売る先で評価が変わるのか
米原雲海は、高村光雲門下の代表格でありながら、星取り法という西洋の技法と、日本彫刻会以降の東洋的な作風という、性格の異なる二つの顔をもつ作家です。真贋や時代、技法の見極めには、近代彫刻に通じた専門の目が欠かせず、一般の骨董店で「よくわからないもの」として値がつかないまま扱われてしまうことも起こり得ます。古美術もりたは、美術館への収蔵・展示協力や海外オークションハウスとの取引を重ねてきた古美術商として、米原雲海をはじめとする近代木彫を数多く拝見してまいりました。作品の真価を見極め、ふさわしい評価とともに次の所蔵者へお繋ぎすることが、当店の役目と考えております。米原雲海の買取について、詳しくは当店の米原雲海買取ページでもご案内しております。高村光雲・平櫛田中・平野富山ら近代木彫の作や、仏像・能面・根付など木彫り・彫刻の買取も承っております。
米原雲海の売却・査定のご相談
古美術もりたは、近代木彫・彫刻を専門のひとつとし、米原雲海の東洋的な人物題材の木彫から、星取り法による塑造・鋳造の作まで、作品の価値に見合って評価いたします。共箱や鑑定書のないお品でも構いません。まずは一点の状態から丁寧に拝見いたします。お見積り・ご相談は無料、秘密厳守で承ります。
FAQよくある質問
銘や共箱がなくても、米原雲海の作として査定してもらえますか?
「ジェンナー像」のような西洋風の作品と、東洋的な題材の作品とでは評価が違いますか?
高村光雲や平櫛田中との関わりがある作品でも買取できますか?
星取り法とはどのような技法ですか?
塑造やブロンズの作品も買取できますか?
米原雲海の作品は、どこに売るのがよいですか?
About / Operator運営者・鑑定者情報
近代彫刻の売却は、確かな知識と真贋を見極める目が要です。古美術もりたの概要と、取引に関わる許可・登録をご案内いたします。
小田急線「成城学園前駅」より徒歩8分(ご来店は完全予約制)
※ お見積り・ご相談はすべて無料、秘密厳守でお伺いいたします。許可・登録の詳細はご利用案内をご覧ください。
※ 米原雲海の年譜・逸話には諸説あり、本記事は公開されている資料をもとにまとめています。真贋・時代・価値は、お品の状態や来歴によって異なります。本記事は一般的なご案内であり、個別の作品については拝見のうえでご提案いたします。