平野富山の彩色木彫・ブロンズは売れるのか ― 鏡獅子の彩色を手がけた名匠、真贋の見極めと買取の考え方
平櫛田中の代表作『鏡獅子』——彩色木彫の大作として国立劇場に親しまれてきたこの像に、実は彩色だけを専門に手がけた、もう一人の彫刻家がいたことをご存じでしょうか。それが平野富山(ひらのふざん)です。人形師・池野哲仙のもとで木彫の彩色を学び、田中から絶大な信頼を得て半世紀にわたりその代表作の彩色を手がける一方、自らも塑造・ブロンズによる裸婦像で日展特選を2度受賞した、彩色木彫と近代彫刻の両輪を生きた作家です。本稿では、平野富山の生涯と作風、そして買取・売却をお考えの際に知っておきたい価値の見極め方を、古美術商の立場からご案内いたします。
この記事でわかること
- 平野富山とはどのような作家か ― 哲仙・田中とのつながり
- 代表作『鏡獅子』の彩色に見る、彩色木彫の技と精度
- 大黒天・恵比寿の福神像から、日展の裸婦像ブロンズまで
- 査定額を左右する五つの要素と、高く手放すためのコツ
Why nowなぜ、いま平野富山が見直されるのか
近代(明治以降)の彩色木彫は、絵画や陶芸に比べて査定の場に持ち込まれる機会が少なく、「価値がわからないまま」眠っていることが少なくありません。とりわけ平野富山は、平櫛田中の代表作の彩色を手がけた作家として近年あらためて注目されており、旧家の床の間や蔵に、大黒天・恵比寿などの彩色木彫の福神像が伝わっている例が今も見つかります。「ただの色付きの置物だろう」と思われていたお品に、実は高い価値が残っていることも珍しくありません。相続や実家の整理をきっかけに手放しを検討される方も増えており、まずは現状のまま、専門の目でご覧いただくことをおすすめいたします。
His life平野富山とは ― 哲仙に学び、田中の信頼を得た生涯
富山は1911年、静岡県庵原郡江尻町(現・静岡市清水区江尻東)に生まれ、本名は冨三(とみぞう)。昭和40年代なかばまでは「敬吉」の号を用いました。関東大震災で清水に避難してきた人形師・池野哲仙と出会ったことをきっかけに彫刻を志し、17歳で哲仙とともに上京、以後およそ8年間、木彫の彩色を学びます。転機となったのが、哲仙のもとへ自身の作品の彩色を依頼しに来た近代木彫の巨匠・平櫛田中との出会いでした。1936年、田中の作品を手がけている最中に哲仙が56歳で急逝し、25歳の富山がその跡を継ぐことに。以来、田中の厚い信頼を得て、実に半世紀にわたり数多くの田中作品の彩色を担当しました。なかでも1958年、六代目尾上菊五郎をモデルにした田中の代表作『鏡獅子』の彩色を担当したことはよく知られています。1945年には、実物のおよそ4分の1の大きさの試作鏡獅子(歌舞伎座蔵)も、田中の彫り・富山の彩色という共同制作で手がけています。一方で富山自身は、1941年に斎藤素巌に師事して塑造を学び、翌年には新文展に初入選。戦後は一貫して日展に出品を続け、1956年に「若人」、1959年に「裸婦」でそれぞれ特選を受賞。1962年には太平洋展で文部大臣奨励賞を受け、1963年に日展会員、1982年には日展評議員となりました。大山阿夫利神社への「権田直助翁」像、川崎大師への「稚児大師尊像」など、ブロンズによる奉納作も手がけています。1989年、78歳で没し、遺族から旧清水市に多くの作品が寄贈され、現在は静岡市清水文化会館マリナートで常設展示されています。
His style見どころは「彩色」と「写実」― 鏡獅子・福神像・裸婦像
富山の仕事を語るうえでまず欠かせないのが、田中作品の彩色です。木、彩色、206.0×176.0×122.0cmという大作『鏡獅子』(1958年)は、東京国立近代美術館に寄贈され、長く国立劇場のロビーでも親しまれてきました。もう一つの見どころが、大黒天・恵比寿などの彩色の福神像です。打ち出の小槌と大袋を携えた大黒天、米俵に乗る鼠といった細部まで丁寧に彩色された福神像は、極彩色の衣と福々しい面相に、彫りと彩りの妙が光ります。台座裏や像底に、本名「冨三」や旧号「敬吉」の彫銘が残る作もあります。そして富山自身の芸術性がもっとも発揮されたのが、日展を舞台にした塑造・ブロンズの裸婦像です。若く張りのある肉体をなめらかなモデリングでとらえ、「流星」「かたらい」など、自然物や抽象的概念を暗示する甘美な作風を示しました。彫刻と彩色は切り離せない一つの仕事だという考え方のもと、伝統的な彩色木彫と、西洋由来の写実的な塑造を、生涯にわたり両立させた作家といえます。
Five factors査定額を左右する、五つの要素
平野富山の作は、同じ作家の手になるものでも評価が一様ではありません。当店では、次のような点を総合して拝見しています。
- 真贋・銘
- 台座裏や像底に記された「敬吉」(昭和40年代なかばまで)または「冨三」「富山」の彫銘、共箱の記載が評価を大きく左右します。
- 素材・技法
- 彩色木彫か、塑造によるブロンズか。同じ木彫でも、彩色の質や下地の丁寧さで評価は異なります。
- 題材・図柄
- 大黒天・恵比寿などの福神像、仏教主題、裸婦像など、富山芸術を象徴する画題は評価されやすい傾向にあります。
- 時代
- 田中との協働期や、日展での評価を確立した昭和30〜50年代の作は特に重んじられます。
- 状態・付属
- 彩色の褪色や剥落が少ない良好な作、共箱・識箱などの付属が揃う作ほど高評価です。
手放しをお考えの際は、無理に磨いたり彩色を補修したりせず現状のままお持ちいただき、共箱の署名や彫銘を撮った写真、購入時の資料や来歴をあわせてお見せいただくと、より正確な査定につながります。ご自身で価値を判断するのが難しいお品も、無理にお勧めすることはございませんので、まずは率直な評価をお伝えいたします。
Where to sellなぜ、売る先で評価が変わるのか
平野富山は、彩色木彫と塑造ブロンズという二つの顔をもつ作家であり、田中作品の彩色者としての側面と、日展会員としての側面のどちらから評価するかによって、査定の視点も変わってきます。真贋や時代、技法の見極めには、近代彫刻に通じた専門の目が欠かせず、一般の骨董店で「よくわからないもの」として値がつかないまま扱われてしまうことも起こり得ます。古美術もりたは、美術館への収蔵・展示協力や海外オークションハウスとの取引を重ねてきた古美術商として、平野富山をはじめとする近代木彫・彫刻を数多く拝見してまいりました。作品の真価を見極め、ふさわしい評価とともに次の所蔵者へお繋ぎすることが、当店の役目と考えております。平野富山の買取について、詳しくは当店の平野富山買取ページでもご案内しております。平櫛田中・高村光雲・米原雲海ら近代木彫の作や、仏像・能面・根付など木彫り・彫刻の買取も承っております。
平野富山の売却・査定のご相談
古美術もりたは、近代木彫・彫刻を専門のひとつとし、平野富山の彩色木彫の福神像や仏教主題の像から、塑造・ブロンズの裸婦像まで、作品の価値に見合って評価いたします。共箱や鑑定書のないお品でも構いません。まずは一点の状態から丁寧に拝見いたします。お見積り・ご相談は無料、秘密厳守で承ります。
FAQよくある質問
銘や共箱がなくても、平野富山の作として査定してもらえますか?
大黒天や恵比寿などの彩色木彫の置物も買取できますか?
ブロンズの裸婦像も平野富山の作品として買取できますか?
平櫛田中の『鏡獅子』の彩色を手がけたというのは本当ですか?
高村光雲や米原雲海、平櫛田中の作でも買取できますか?
平野富山の作品は、どこに売るのがよいですか?
About / Operator運営者・鑑定者情報
近代彫刻の売却は、確かな知識と真贋を見極める目が要です。古美術もりたの概要と、取引に関わる許可・登録をご案内いたします。
小田急線「成城学園前駅」より徒歩8分(ご来店は完全予約制)
※ お見積り・ご相談はすべて無料、秘密厳守でお伺いいたします。許可・登録の詳細はご利用案内をご覧ください。
※ 平野富山の年譜・逸話には諸説あり、本記事は公開されている資料をもとにまとめています。真贋・時代・価値は、お品の状態や来歴によって異なります。本記事は一般的なご案内であり、個別の作品については拝見のうえでご提案いたします。