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Column · Hamada Shoji
全国 出張買取

濱田庄司の買取。民藝陶器(益子焼)を全国で
古美術商が査定いたします。

「用の美」——川崎出身の陶芸家、濱田庄司(1894-1978)は、英国セント・アイヴスでの作陶を経て栃木県益子町に定住し、柳宗悦・河井寛次郎とともに民藝運動を推進しました。生涯の多くの作品に落款を残さなかった濱田の器を、共箱・鑑定書のないお品もそのまま、古美術商の審美眼で丁寧に拝見いたします。

Who is Hamada Shoji

そもそも、濱田庄司とはどのような陶芸家なのでしょうか。

Definition

濱田庄司(はまだしょうじ、1894–1978)は、神奈川県川崎市出身の陶芸家。「濱」は旧字体で、「浜田庄司」と新字体で表記されることも多く、同一人物です。板谷波山に師事し、バーナード・リーチとともに渡英して英国セント・アイヴスで作陶。帰国後の1924年、栃木県益子町に定住し、柳宗悦・河井寛次郎らとともに民藝運動を推進しました。1955年、第一回の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。1968年文化勲章受章。日用の器のなかに美を見出す「用の美」を、理論家としてだけでなく実作者として体現した、20世紀日本を代表する陶芸家です。

濱田庄司の早わかり
表記
濱田庄司(旧字体)/浜田庄司(新字体)※同一人物です
生没
(神奈川県川崎市)〜 (栃木県益子町)
代表技法
柿釉・流し掛け・塩釉・黍文(きびもん)・赤絵
主な受賞
重要無形文化財保持者(人間国宝・民芸陶器)第一回認定 /  紫綬褒章 /  文化功労者・文化勲章
作品ジャンル
茶碗・皿・鉢・水指・花器・角瓶など、日用の器を中心とした益子焼
主な収蔵
濱田庄司記念益子参考館(栃木)・日本民藝館(東京駒場)・栃木県立美術館 ほか
師・盟友
板谷波山に師事。柳宗悦・河井寛次郎・バーナード・リーチと交流し民藝運動を推進
思想
「用の美」——日常の器のなかにこそ、飾らない美しさが宿るという民藝の考え方
落款について
「作品は使う人のもの」という思想から、生涯の多くの作品に落款を残さなかった

本ページは、濱田庄司の生涯と作品を深く知りたい方に向けた解説コラムであると同時に、濱田作品の売却・買取をお考えの方へのご案内です。
「実家に益子焼らしい茶碗があるが濱田庄司の作かわからない」「落款が見当たらない」「共箱がない」——そうしたお品も、落款・共箱・鑑定書がなくても拝見いたします。まずは現状のまま、古美術もりたへお気軽にご相談ください。全国どこへでも、無料で出張・査定にお伺いいたします。

Chapter 01

民藝陶器とは — 益子焼と「用の美」

濱田庄司の作品は、しばしば「民藝陶器」と呼ばれます。これは、無名の職人がつくる日常の道具にこそ飾らない美しさが宿るとする民藝運動の思想を、陶芸という形で体現した器という意味です。華やかな鑑賞用の名品ではなく、暮らしの中で使われる茶碗や皿にこそ本当の美があるという考え方は、それまでの美術の常識を大きく揺さぶるものでした。

「用の美」——柳宗悦が見出した思想

、柳宗悦・濱田庄司・河井寛次郎の3人を中心に民藝運動が本格的に始動します。柳が提唱した「用の美」——実用のために作られた道具が、作為を超えて美しさに至るという思想を、濱田は理論家としてだけでなく、生涯にわたり作陶で体現し続けました。

益子焼という産地 — 日用雑器から民藝の代表産地へ

益子焼は江戸時代末期、笠間(茨城県)の技術を受け継ぐ形で始まった、比較的新しい焼き物の産地です。当初は水甕や火鉢、土瓶といった日用雑器を焼く地方窯にすぎませんでした。、濱田庄司がこの地に移り住み、日用の器に美を見出す作陶を続けたことで、益子は全国的に知られる民藝陶器の産地へと発展していきます。

民藝(みんげい)
柳宗悦の造語。「民衆的工藝」の略。無名の職人による日常の道具に見出す美のこと。
用の美(よう の び)
実用のために作られた道具が、作為を超えて美しさに至るとする民藝運動の中心思想。
益子焼(ましこやき)
栃木県益子町周辺で焼かれる陶器。濱田の定住以降、民藝陶器の代表的産地として知られる。
無銘性(むめいせい)
「作品は使う人のもの」という考えから、濱田が生涯多くの作品に落款を残さなかったこと。
Chapter 02

濱田庄司の生涯と時代背景

川崎時代(1894–1913)— 神奈川に生まれて

濱田庄司は、神奈川県川崎市に生まれました。、東京高等工業学校(現・東京工業大学)窯業科に入学し、陶芸家板谷波山に師事します。この頃、2学年上の河井寛次郎と出会い、生涯にわたる盟友となりました。

京都時代(1916–1919)— 釉薬研究に没頭

卒業後は河井とともに京都市立陶磁器試験場に入所し、釉薬の研究に没頭します。、千葉県我孫子の柳宗悦邸を訪れ、柳宗悦・バーナード・リーチと出会ったことが、濱田の生涯を大きく方向づけました。

渡英とセント・アイヴス(1920–1924)— 英国での作陶

、リーチとともに渡英し、英国コーンウォール州セント・アイヴスに窯を築いて作陶。にはロンドンでの個展が高い評価を受け、西欧の美術界にも名を知られる存在となりました。

益子への定住(1924–)— 「田舎」に見出した豊かさ

英国での生活を通じて、濱田は都市の工房ではなく、素朴な暮らしの中で生まれる器の力強さに強く惹かれるようになります。、その理想を実践する場として選んだのが栃木県益子町でした。手轆轤のみを用いたおおらかな成形、釉薬を大胆に流しかける「流し掛け」——濱田が確立したこれらの技法は、後に益子焼を代表する表現として広く知られるようになります。

民藝運動の始動(1926–)— 柳宗悦・河井寛次郎とともに

、柳宗悦・濱田庄司・河井寛次郎の3人を中心に民藝運動が本格的に始動します。、柳宗悦の没後は日本民藝館の館長を継任し、には自らの蒐集品を展示する益子参考館(現・濱田庄司記念益子参考館)を開館しました。

晩年と文化勲章(1968)

紫綬褒章、文化勲章を受章。、益子町にて83年の生涯を閉じました。生涯にわたり、名もなき日用の器に美を見出す作陶を貫いた濱田の作品は、今も益子参考館や日本民藝館で見ることができます。

Chapter 03

益子焼を構成するもの — 土と釉薬

濱田の器は、素材の選び方から濱田らしさが現れます。土・釉薬・道具——それぞれに濱田の目利きが働いています。

益子の土 — 鉄分を含む、素朴な陶土

益子周辺で採れる陶土は、鉄分を多く含み、焼き締めると素朴で温かみのある色合いになります。もともと水甕や火鉢など日用雑器に用いられてきた、飾らない土です。濱田はこの土の持ち味をそのまま生かす作陶を続けました。

柿釉(かきゆう)— 濱田を代表する釉薬

柿釉は柿渋を思わせる赤茶色に発色する鉄釉で、濱田を代表する釉薬のひとつです。皿・鉢・角瓶など、幅広い器物に用いられました。

黒釉・糠白釉(ぬかじろゆう)

黒く艶やかに発色する黒釉や、藁灰を用いた白濁色の糠白釉も、濱田がしばしば用いた釉薬です。柿釉と組み合わせて、器の景色に変化をつけました。

手轆轤(てろくろ)と登り窯

濱田は電動轆轤ではなく、手轆轤のみを用いたおおらかな成形にこだわりました。焼成には薪を用いた登り窯が使われ、窯の中での炎の当たり方によって、同じ釉薬でも一つひとつ異なる表情が生まれます。

Chapter 04

濱田作品のジャンル — 種類と用途

濱田庄司の作品は、鑑賞のための名品ではなく日用の器が中心です。茶碗から花器まで、暮らしに寄り添う多彩な形で残されています。

茶碗

鉄絵・柿釉・塩釉などで文様や景色を表した飯碗・湯呑・抹茶碗。市場でもっとも多く流通する分野です。

皿・鉢

赤絵や流し掛けで彩られた食卓の器。実用に耐える厚みと、大胆な釉薬の景色が見どころです。

水指・花器

茶道具として、あるいは花を生ける器として作られたもの。茶道具買取のご相談でもよく見られる品目です。

角瓶・徳利

民藝陶器を代表する形のひとつ。柿釉や流し掛けの景色が四角い面に映える、濱田らしい造形です。

食器・日用の器

湯呑・皿小鉢・箸置きなど、日々の暮らしで使われてきた小さな器も多く伝わっています。

共箱・書付

濱田自身は落款を残さないことが多いため、共箱や書付が来歴を伝える重要な手がかりになります。

Chapter 05

濱田庄司の技法 — 流し掛けから黍文まで

流し掛け — 偶然性を生かす

流し掛けは柄杓で釉薬を大胆に流しかける技法です。狙いすぎない、偶然性を生かした力強い景色が特徴で、濱田作品の見どころのひとつとされています。

塩釉(しおゆう)— 英国仕込みの技法

塩釉は窯の中に塩を投入して発色させる技法。濱田が英国滞在中に学び、益子の作陶にも取り入れました。西洋の技法と日本の土が出会う、濱田ならではの表現です。

黍文(きびもん)— 濱田独自の連続文様

黍文は黍(きび)の穂を思わせる、濱田独自の連続文様です。器の縁や胴に添えられることが多く、識別の手がかりのひとつになります。

赤絵 — 上絵付けによる彩り

素地に赤・緑などで文様を描く上絵付けの技法。飴釉の地に映える鮮やかな彩りが特徴で、食卓で用いられてきた皿などによく見られます。

柿釉
柿渋を思わせる赤茶色に発色する鉄釉。皿・鉢・角瓶に広く用いられた濱田の代表釉薬。
流し掛け
柄杓で釉薬を大胆に流しかける技法。偶然性を生かした力強い景色が特徴。
塩釉
窯の中に塩を投入して発色させる、英国仕込みの技法。
黍文
黍の穂を思わせる、濱田独自の連続文様。
Chapter 06

同時代の仲間たち — 民藝運動の同志

濱田庄司の作陶は、彼一人の力で成立したのではありません。民藝運動を築いた思想家・工芸家たちとの出会いと交流が、濱田の芸術を深く支えました。

柳宗悦(やなぎ むねよし、1889–1961) 民藝運動の創始者

思想家・宗教哲学者。1926年に「日本民藝美術館設立趣意書」を発表し、生活工芸のなかに美を見出す民藝運動を提唱。濱田庄司の生涯を通じた最大の同志であり、柳が創設した日本民藝館(東京・駒場)には、濱田の作品が常設収蔵されています。

河井寛次郎(かわい かんじろう、1890–1966) 陶芸家・民藝運動

京都・五条坂に窯を築いた陶芸家。東京高等工業学校時代からの盟友で、芸術院会員・人間国宝を辞退したことでも知られる求道者。柳宗悦・濱田庄司とともに民藝運動の中心を担いました。

バーナード・リーチ(Bernard Leach、1887–1979) 陶芸家・民藝の国際的媒介者

英国出身の陶芸家。濱田とともに英国セント・アイヴスに窯を築き、日英の陶芸交流の礎を築きました。民藝の思想を世界に紹介した重要な人物です。

板谷波山(いたや はざん、1872–1963) 陶芸家・濱田の師

東京高等工業学校で濱田庄司の師にあたる陶芸家。彩磁の技法で知られ、陶芸家として初めて文化勲章を受章しました。濱田が益子の山水土瓶に関心を抱いたのも、波山邸を訪れたことがきっかけといわれます。

Chapter 07

鑑定 — 益子焼と濱田作品の見分け方

「無銘」という濱田独自の哲学

濱田庄司は、生涯にわたり多くの作品に落款を押しませんでした。「作品は作者のものではなく、使う人のもの」という民藝の思想が、その無銘性にも表れています。査定の際に、銘の有無だけで真贋を判断できないのは、こうした背景によるものです。

益子焼=濱田庄司ではない

益子は現在も数百の窯元・作家が集まる産地で、多様な作風の「益子焼」が作られています。そのため、益子焼であることと、濱田庄司本人の作であることは、必ずしもイコールではありません。産地の特徴だけでなく、釉薬の発色や造形の特徴、伝わっている来歴などを総合的に拝見する必要があります。

共箱・書付が伝える来歴

落款がない代わりに、濱田作品の来歴を伝えるのは共箱・書付であることが多くあります。箱に濱田自身、あるいは親族・関係者による書付があれば、来歴の有力な手がかりになります。ただし、共箱・書付がない場合も査定は可能です。

こんなお品もご相談ください

「祖父の遺した益子焼らしい茶碗があるが、濱田庄司の作かわからない」「落款も共箱もない」——そうしたお品こそ、古美術商の目で拝見する意味があります。土味・釉薬の流れ方・高台の削り方など、作行き全体から判断いたしますので、まずは現状のままお写真をお見せください。

Chapter 08

収蔵美術館 — 濱田作品はどこで見られるか

濱田庄司記念益子参考館(栃木県益子町)

濱田の旧居を活用した記念館。自らの作品に加え、生涯にわたり蒐集した世界各地の民芸品を展示しており、濱田の美意識の全体像を知ることができます。

日本民藝館(東京・目黒区駒場4-3-33)

柳宗悦が創設した民藝運動の中心的美術館。濱田は柳の没後、館長を継任しました。濱田の作品が常設収蔵されており、民藝運動と濱田庄司の関係を実感できる場所です。

栃木県立美術館

栃木県ゆかりの作家として、濱田庄司の作品を含む益子焼の作家を体系的に紹介しています。

大原美術館(岡山県倉敷市)

民藝運動と関わりの深い美術館のひとつで、濱田庄司をはじめ民藝作家の作品を収蔵しています。

Chapter 09

取扱と保存 — 陶器を大切に持つには

濱田庄司の器は、日用のために作られたお品であるがゆえに、丈夫で扱いやすいものが多くあります。とはいえ、長く大切に持つためのポイントをまとめます。

保管環境 — 急激な温度変化を避ける

陶器そのものは比較的丈夫ですが、急激な温度変化はニュウ(ひび)の原因になることがあります。直射日光の当たる場所や、極端に乾燥・多湿な場所での保管は避けるのが望ましいです。

共箱の保管 — 書付を傷めないために

共箱は来歴を伝える大切な資料です。湿気を避け、桐箱であればそのまま風通しの良い場所に保管してください。箱書きの墨が薄れないよう、直射日光を避けることも大切です。

欠け・ニュウが見つかった場合

ご自身で接着剤による補修をすることはお勧めしません。かえって評価を下げてしまうことがあります。欠けやニュウがあっても、現状のまま拝見いたします。

査定前のお手入れについて

査定前に無理に汚れを落とす必要はありません。長年の使用による味わい(貫入への茶渋など)も、民藝陶器としての来歴の一部として拝見いたします。ご不明な点は、査定時にお気軽にお尋ねください。

Value

濱田庄司作品の価値を左右するポイント

濱田作品の評価は、見た目や大きさだけでは決まりません。
古美術商は、次のような点を一つひとつ確かめながら査定いたします。

01
真贋 — 濱田本人作か、他の益子焼作家の作か
02
技法 — 柿釉・流し掛け・塩釉・黍文の見極め
03
造形 — 手轆轤ならではの伸びやかな形か
04
共箱・書付 — 来歴を伝える付属品の有無
05
器種 — 茶碗・皿・水指・角瓶など用途による評価差
06
状態 — 欠け・ニュウ・貫入の程度
07
釉薬の発色 — 窯変・景色の美しさ
08
来歴 — 旧蔵者や入手経緯の記録
09
需要と供給 — 器種・技法ごとの市場での希少性
Our Answer
その濱田庄司の真価、古美術商でなければ見抜けません。
Why Morita

濱田庄司作品の買取を、古美術もりたへ

茶道具・骨董・民藝作家の作品を数多く見つめてきた審美眼で、濱田作品の真贋と時代を丁重に見極めます。

1
Connoisseurship

濱田作品を見る、確かな目

釉薬の発色、造形の特徴、共箱の書付——濱田作品の真贋を左右する要素を、一点ずつ細かく確認いたします。同時代の民藝作家(河井寛次郎・棟方志功など)の作品と合わせての整理もお任せください。

2
Nationwide · Free

全国へ無料出張、秘密厳守

東京・成城を拠点に、全国どこへでもお伺いします。出張費・査定料・ご相談料はすべて無料。落款・共箱・鑑定書のないお品も現状のまま拝見します。秘密は固くお守りします。

3
Track Record

実績に基づく、適正な評価

世田谷区・目黒区をはじめ、これまで多くの民藝陶器・茶道具の買取実績を重ねてまいりました。器種や技法ごとの相場観をふまえ、確かな評価をご提示します。

Flow

濱田庄司作品 買取の流れ

お問い合わせから査定・現金お支払いまで。費用は一切いただきません。

STEP 01

お問い合わせ

お電話・メール・フォームでご連絡ください。作品の概要とご状況を簡単にお聞きします。

STEP 02

事前査定(任意)

器全体・高台・共箱の写真をお送りいただければ、おおよその金額をお伝えします。

STEP 03

出張・拝見

ご都合に合わせて全国へお伺いし、現物を丁重に拝見・査定いたします。ご来店相談も可。

STEP 04

ご成約・お支払い

ご納得のうえご成約。原則その場で現金にてお支払いします(お振込みも可能です)。

Works

取り扱った濱田庄司作品の一例

世田谷区・目黒区で実際にお譲りいただいた濱田庄司作品です。よく似たお品をお持ちでしたら、ぜひご相談ください。

濱田庄司 鉄絵茶碗(世田谷区買取例)
Setagaya / Chawan濱田庄司 鉄絵茶碗
世田谷区のお客様より、ご自宅のお片付けの中でお譲りいただいた鉄絵の茶碗です。柿釉に鉄絵で文様を配した、濱田作品らしい伸びやかな作行きでした。
濱田庄司 赤絵楕円皿(目黒区買取例)
Meguro / Sara濱田庄司 赤絵楕円皿
目黒区のお客様より、赤絵で文様を描いた楕円皿をお譲りいただきました。飴釉の地に赤・緑の彩りが映える、食卓で用いられてきたお品です。
Customer Voices

お客様の声

濱田庄司の作品を手放すという場面で、皆さまよりお寄せいただいたお声の一例をご紹介します。

Tokyo · Setagaya

落款のない茶碗でも、濱田庄司の作品として見ていただけました。

+

実家の整理をしている中で出てきた茶碗に、サインらしきものが見当たらず、本当に濱田庄司の作品なのか半信半疑でした。釉薬の景色や高台の削りなどを丁寧に見ていただき、来歴も含めて納得のいくご説明をいただけました。

東京都世田谷区のお客様濱田庄司 鉄絵茶碗
Tokyo · Meguro

民藝運動の作家の器をまとめて整理、器ごとに丁寧に見ていただけました。

+

父が集めていた民藝陶器のコレクションの中に、濱田庄司の皿がありました。他の作家の器と一緒に伝わっていたのですが、一点ずつ産地や技法を確認しながら査定していただき、安心してお譲りできました。

東京都目黒区のお客様濱田庄司 赤絵楕円皿
Service Area

濱田庄司作品の買取/全国の対応エリア

東京・成城を拠点に、全国47都道府県へ出張買取いたします。お住まいの地域のページもご覧ください。
出張費・査定料・ご相談料は、いずれも無料です。

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北関東

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東海地方

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近畿(関西)

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北海道

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※「即日対応」は東京都のおおよその目安です。近県・遠方も日程を調整し、実際に多数お伺いしております。上記いずれの地域も、出張費・査定料・ご相談料はすべて無料です。まずはお問い合わせフォームよりお気軽にご連絡ください。
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お写真の送付について
本フォームに写真の添付機能はございません。お写真をお持ちの方は、送信後にメールまたはLINEでお送りいただけます(送付方法は受付確認メールでご案内します)。お写真がなくてもご相談は承ります。器全体・高台・共箱の書付の写真があると、より正確にお伝えできます。

送信後、担当者より折り返しご連絡いたします。査定・出張・ご相談はすべて無料、秘密厳守です。

FAQ

濱田庄司作品の買取 よくあるご質問

Q.濱田庄司の作品には銘(サイン)がないと聞きましたが、真贋はどう判断しますか?+
A.濱田庄司は『作品は使う人のもの』という民藝の思想から、生涯にわたり多くの作品に落款を押しませんでした。銘の有無では判断せず、土味・釉薬の流れ方・高台の削り方・箱書きなど、作行き全体を古美術商の目で総合的に拝見して査定いたします。共箱や箱書きがあれば来歴の有力な手がかりになります。
Q.共箱や鑑定書がなくても査定できますか?+
A.はい、共箱や鑑定書がなくても査定いたします。付属品があれば参考にいたしますが、無い場合でもお品物そのものを丁重に拝見し、査定額をご案内します。
Q.益子焼であれば、濱田庄司の作品と判断してよいのでしょうか?+
A.いいえ、益子焼は濱田庄司以外にも多くの窯元・作家が手がけている陶器の産地名です。濱田庄司の作品かどうかは、釉薬の使い方や造形の特徴、来歴などから個別に判断する必要があります。ご不明な場合も、まずはお写真をお見せください。
Q.柿釉や流し掛けとは、具体的にどのような技法ですか?+
A.柿釉は柿渋を思わせる赤茶色に発色する鉄釉で、濱田を代表する釉薬のひとつです。流し掛けは柄杓で釉薬を大胆に流しかける技法で、偶然性を生かした力強い景色が特徴です。どちらも査定の際に濱田作品らしさを見極める手がかりになります。
Q.複製や後代の写し(濱田風の作品)と本物はどう見分けますか?+
A.益子焼は今も多くの窯元・作家が手がけているため、濱田風の作行きをした作品は少なくありません。土味・釉薬の発色・高台の削り、そして箱書きや来歴などを総合的に拝見し、判断いたします。ご自身で判断が難しいお品こそ、まずはご相談ください。
Q.欠けやニュウ(ひび)がある器でも査定できますか?+
A.はい、欠けやニュウのあるお品も拝見いたします。状態は評価に影響いたしますが、民藝陶器は日用の器として使われてきた背景もあり、多少の使用感があっても価値が失われるわけではありません。現状のままお見せください。
Q.共箱・書付・購入時資料はどれが重要ですか?+
A.重要度の目安として、①共箱・書付(作者名や品名の記載があるもの)、②購入時の領収書・カタログ、③旧蔵者や入手経緯の記録、の順です。ただし、いずれも『あれば評価が伸びる』補助であり、資料がなくても作品自体(釉薬・造形・高台)から判断いたします。
Q.遺品整理や実家じまいで複数点まとめて出てきた場合の対応は?+
A.濱田庄司の作品が複数点まとめて出てきた場合は、コレクションとしての由来を伺いながら一括で拝見いたします。他の民藝作家(河井寛次郎・棟方志功など)の作品と一緒に伝わっている場合もあり、それらは評価の重要な手がかりになります。ご自宅・蔵・実家など、全国どこへでも出張して拝見いたします。
Q.出張費・査定料は本当に無料ですか?全国対応ですか?+
A.出張費・査定料・ご相談料はすべて無料です。お譲りいただかなかった場合も費用は一切いただきません。東京・成城を拠点に、全国どこへでも秘密厳守でお伺いいたします。
References

参考文献・外部情報源

本ページの記述にあたり、以下の情報源を参照しました。より詳しく知りたい方はあわせてご覧ください。

濱田庄司
Wikipedia日本語版「濱田庄司」 / Wikipedia英語版「Shōji Hamada」 / Wikidata(Q3090171)
柳宗悦
Wikipedia日本語版「柳宗悦」 / Wikidata(Q904161)
河井寛次郎
Wikipedia日本語版「河井寛次郎」 / Wikidata(Q6379524)
バーナード・リーチ
Wikipedia日本語版「バーナード・リーチ」 / Wikidata(Q2898210)
板谷波山
Wikipedia日本語版「板谷波山」 / Wikidata(Q11532716)
収蔵美術館
日本民藝館 公式サイト / Wikipedia日本語版「日本民藝館」

※上記は本ページ作成時点の公開情報にもとづきます。最新情報は各リンク先にてご確認ください。買取査定は、これらの文献情報に加え、当店の古美術商としての知見をもとに総合的に行います。

About / Operator

運営者・鑑定者情報

濱田庄司のような無銘の民藝陶器の査定は、真贋への確かな知識と作家への敬意が要です。
古美術もりたの概要と、買取に関わる許可・登録をご案内いたします。

屋号
古美術もりた(Antique & Fine Art Morita)
所在地
〒157-0066 東京都世田谷区成城3-4-3
小田急線「成城学園前駅」より徒歩8分(ご来店は完全予約制)
電話/受付
03-3415-1670 年中無休 9:00–18:00
創業
神奈川県鎌倉市にて創業。現在は東京・世田谷区成城に拠点を構える古美術商です。
取扱分野
濱田庄司をはじめとする人間国宝・民藝作家の作品、掛軸・茶道具・骨董・仏像仏具・中国美術など古美術全般。
鑑定・実績
古美術商として長年、茶道具・骨董・民藝作家の作品と向き合ってまいりました。世田谷区・目黒区をはじめとする買取実績を重ねております。
古物商許可
東京都公安委員会 第303282320966号
特別国際種事業者
登録番号 第00596号

※査定・出張・ご相談はすべて無料、秘密厳守でお伺いいたします。許可・登録の詳細はご利用案内をご覧ください。