辻村ジュサブローとは — 人物像
辻村ジュサブローは、布と糸と胡粉(ごふん)から、まるで息づいているかのような人形を生み出した作家です。その人形は、ただ可憐なだけでも、ただ写実的なだけでもありません。役者が見得を切るようなあでやかさと、能面のように静かな翳(かげ)とを同時に宿し、見る者の視線を捉えて離さない——そんな独特の存在感をたたえています。
本名の漢字表記は辻村寿三郎。芸名としては片仮名の「ジュサブロー」を用い、辻村ジュサブローの名で広く親しまれました。人形作家であると同時に、舞台や映像の美術・衣裳を手がけるデザイナーでもあり、染色や造形の知識を総動員して、ひとつの「世界」をまるごと立ち上げてしまう——それがこの作家の真骨頂でした。
生い立ち — 満州から三次へ
辻村ジュサブローは、1933(昭和8)年、当時日本の勢力下にあった旧満州(中国東北部)に生まれました。幼くして敗戦を迎え、戦後の混乱のなかを家族とともに日本へ引き揚げてきます。その後、縁あって広島県三次(みよし)の地で少年期を過ごしたと伝えられ、この三次は、のちに作家ゆかりの人形館が置かれる土地となりました。
正規の美術教育を歩んだというよりも、芝居や映画、染織や手仕事といった暮らしのなかの「美しいもの」から多くを吸収し、独学に近いかたちで人形と衣裳の世界へ分け入っていったとされます。早くから舞台や映像の美術・衣裳に携わり、布を見る目と手わざを磨いていきました。引き揚げ者として味わった喪失と、その後に出会った日本の伝統美——この二つが、後年の作品にただよう哀しみと華やぎの同居の源にあると評する向きもあります。
※年代は概要としてお示しするものです。正確な年月日や個別の経歴は、各種資料・公的な記録もあわせてご確認ください。
「新八犬伝」— 茶の間を席巻した日
辻村ジュサブローの名を全国に知らしめたのが、1973(昭和48)年から放送されたNHKの連続人形劇「新八犬伝」です。原作は江戸の読本(よみほん)の大作、曲亭馬琴(滝沢馬琴)の「南総里見八犬伝」。仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の珠(たま)を持つ八犬士が、宿命に導かれて集う波瀾万丈の物語です。
この長大な物語を、ジュサブローの人形たちが演じました。とりわけ、物語の発端をなす玉梓(たまずさ)の怨霊の妖しくも美しい造形は、子どもたちに「こわいけれど目が離せない」強烈な印象を残し、夕方の茶の間を釘付けにしました。語りの名調子とあいまって、人形劇でありながら大人の鑑賞にも堪える濃密な世界が立ち上がり、「人形が芝居をする」という表現の力を、お茶の間に焼きつけたのです。
「新八犬伝」でジュサブローが担ったのは、登場人物一人ひとりの人形を、その性根まで含めて造形する仕事でした。役の善悪や宿命までもが、面相と衣裳に込められています。テレビの人形劇を、子ども向けの域から押し上げ、ひとつの美術として成立させた——その功績は、後年の評価の礎となりました。続いて「真田十勇士」など、人形劇の名作にも携わったと伝えられます。
作風 — 古裂が生む、絢爛と退廃
ジュサブロー人形の最大の特徴は、衣裳に古裂(こぎれ)——時代を経た古い裂地——を惜しみなく用いる点にあります。新品の布にはない、わずかに褪せ、こなれ、深く澄んだ色味。長い時間をくぐってきた裂だけがもつ枯れた華やぎが、人形にえもいわれぬ気品と、どこか退廃的な色気を与えます。
その美意識の根には、江戸の粋(いき)、歌舞伎の様式美、浮世絵の艶(つや)といった、日本の伝統的な美の系譜が流れています。役者のような見得、傾(かぶ)いた姿勢、流し目——人形でありながら一個の「役」を演じているかのような物語性が、ジュサブロー作品を見飽きさせません。可憐な童女から、凄味のある妖女、傾国の美女まで、その振れ幅の広さも魅力です。
素材と技法 — 面相・髪・衣裳
一体の人形には、いくつもの手わざが重なっています。面相(めんそう)は、胡粉(ごふん)を思わせる白い肌に、眉・目・口もとを細い筆で描き起こし、表情に生命を通わせる要。髪は一本一本を結い上げ、櫛(くし)やかんざしで飾られ、頭(かしら)の格を決めます。そして衣裳は、古裂を選び、裁ち、縫い、着付ける——その布合わせの妙が、作品全体の品位を左右します。
これらは、いずれも繊細で傷みやすい素材でできています。とくに古裂は、光や湿気、虫害に弱く、ひとたび傷むと取り返しがつきません。だからこそ、保存の良し悪しが評価を大きく左右します。素人判断での洗いや繕いは、かえって価値を損ねることが多く、手を入れる前にご相談いただくのが安心です。
面相の見どころ — 生命を宿す顔
ジュサブロー作品を前にして、まず引き込まれるのが顔です。伏し目がちの視線、わずかに開いた紅(べに)の唇、頬にさす淡い色——静止しているはずの人形が、いまにも何かを語り出しそうな気配をまとっています。喜びとも哀しみともつかない、複雑な情を一瞬に封じ込めたような表情こそ、この作家の真骨頂です。
面相の品の良さ、描きの冴え、髪や衣裳の保存状態は、作品の良し悪しと制作期を見極めるうえで大切な手がかりです。仮に多少の傷みがあっても、当初の作行きが残っていれば価値は損なわれにくく、逆に手を加えてしまうと評価を下げることがあります。まずは現状のまま、お顔と全体がわかるお写真をお見せください。
舞台・映像・多彩な仕事
辻村ジュサブローの仕事は、飾る人形にとどまりませんでした。テレビの人形劇で培った造形と布の感覚は、やがて舞台美術や衣裳デザイン、映像作品の美術へと広がっていきます。芝居の世界をまるごと組み立てる総合的な造形力は、まさに「世界をつくる人」と呼ぶにふさわしいものでした。
個展や作品集の刊行をとおして、創作人形は「テレビで見るもの」から「美術として鑑賞し、蒐(あつ)めるもの」へと位置づけを高めていきます。こうした多面的な活動の結果、ジュサブローの名は世代を越えて知られ、関連する図録・写真集・舞台資料なども、いまや作品の来歴を裏づける手がかりとして大切に扱われています。
作品集・図録・展覧会のパンフレット、購入時の資料、制作にまつわる品——こうした周辺資料は、人形そのものの来歴や制作期を知る重要な裏づけになります。お手元にあれば、人形とあわせてお見せください。
作品が見られる館・ゆかりの地
ジュサブローの人形は、その多くが個人のコレクターや旧蔵者のもとに大切に伝えられてきましたが、ゆかりの専門館や、人形・郷土玩具・現代工芸を扱う美術館の企画展などで目にする機会もあります。
三次(みよし)のゆかりの地で
少年期を過ごしたと伝えられる広島県三次市には、作家にちなんだ辻村寿三郎人形館が置かれ、作品にふれられる場として知られています。ゆかりの地に人形が里帰りするかたちで、その世界を伝えています。
日本橋の拠点と、各地の企画展で
東京・日本橋には、かつて作家の名を冠したジュサブロー館(アトリエ/ギャラリー)が設けられ、人形と布の世界を発信していました。このほか、人形や創作工芸を扱う各地の美術館・百貨店の催事などで、ジュサブロー作品が特集されることもあります。
美術館・ギャラリーの展示や開館状況は、時期や企画によって変わります。上記はあくまで「ジュサブロー作品にゆかりのある場・扱われることのある館」の一例であり、常時の展示・開館を保証するものではありません。お出かけの前に、各館の公式情報で最新の内容をご確認ください。
こうして館に収まる作品がある一方で、世に知られないまま旧家に眠るジュサブロー人形も少なくありません。「これは本人の作なのか」「どのくらいの位置づけのものなのか」——その見極めこそ、古美術商の仕事です。お手元のお品の素性を知りたいときも、どうぞお気軽にご相談ください。
創作人形と日本人形のちがい
ジュサブローの人形は、しばしば「日本人形」と一括りにされがちですが、その性格は、市松人形や雛人形のような伝統的な日本人形とは大きく異なります。伝統的な人形が、決まった型や様式を職人が受け継いで作るのに対し、ジュサブロー作品は、作家自身が題材・構図・布合わせまでを一から構想する創作人形——いわば「一点物の造形作品」だからです。
| ジュサブローの創作人形 | 伝統的な日本人形 | |
|---|---|---|
| 性格 | 作家の構想による造形作品 | 様式を受け継ぐ工芸・調度 |
| 衣裳 | 古裂を選び合わせた一点物 | 定型の衣裳・裂地が中心 |
| 主題 | 芝居・物語・人物の「役」 | 節句・婚礼・愛玩などの定型 |
| 評価 | 作家性・主題・出来栄え | 作者(工房)・時代・状態 |
もっとも、市松人形や御所人形のなかにも名工の優品があり、いずれも評価の対象です。「これは創作人形か、伝統的な人形か」「本人作か工房の作か」——そうした見分けも含めて、お写真を拝見すればお伝えできますので、ご判断に迷われたときはお気軽にお尋ねください。
評価と、受け継がれるもの
辻村ジュサブローは、戦後の創作人形を、一部の愛好家のものから、広く知られた表現へと押し上げた立役者のひとりです。テレビという茶の間のメディアを舞台に、人形が大人の鑑賞にも堪える美術たりうることを示し、後進の人形作家や、人形を「作品」として蒐集する文化に、大きな影響を残しました。
その人形にこめられた、華やぎと哀しみ、生命のきらめきと滅びの予感——相反するものを一身に宿す美意識は、いまも色あせていません。2023(令和5)年に作家がこの世を去ったのちも、残された人形たちは、布と糸のなかに作者のまなざしを留めながら、静かに語りつづけています。手元にあるその一体もまた、ひとつの時代の記憶を宿した造形なのです。
本人作・サイン・共箱の見方
ジュサブローの人形を評価するうえで、まず確かめたいのが「本人の作かどうか」です。人気作家の常として、工房の手によるもの、後年の制作、あるいは作風を慕った別作家の品などが混在しがちで、見極めには相応の経験を要します。手がかりとなるのは、おおむね次のような点です。
真贋や本人作・工房作の判別は、専門家でも実物を丁重に拝見して行うものです。ご自身で判断がつかなくても、まったく問題ございません。銘や共箱、付属資料があれば、人形とあわせてお写真をお見せいただくか、出張のうえ拝見いたします。
人形の取り扱いと保存
ジュサブローの人形は、古裂・髪・胡粉といったたいへん繊細な素材でできています。価値を損なわずに次へ伝えるために、お手元での扱いには少しの心づかいが大切です。とくに売却・査定をお考えの場合は、手を加えないことが何よりの保全になります。
「少しきれいにしてから……」というお気持ちはよくわかりますが、古美術においては、当初のままの状態がもっとも尊ばれます。傷みや褪色があっても、出来の良いものは価値が残ることがございます。まずは現状のまま、お写真をお見せいただくところからお始めください。